アルスノーヴァは、東京大学を舞台に上演される新しい実験的なアートスクールです(注1)。ここでは「アート」を単一の分野として扱うのではなく、ラテン語の「アルス」という語源に遡り、つくること・感知すること・考えることのための「術」の総体として捉え直します(注2)。
プログラムは、大学の中にすでに散在している多様なアルスを、あらためてつなぎ直すことを目指します。たとえば、工学/物理学のセンサー技術、農学/生物学の植物環境研究、情報学のメディア理論、表象文化論/美学の芸術研究など、異なる領域を横断する新しい学びと制作の回路を立ち上げます。どの回路も、あらかじめ決まった答えではなく共同の実験から始まります。
授業は、異なる専門分野をもつ複数の教員が同じ科目名のもとで共同担当します。これは単なる役割分担ではなく、教員同士が互いに学び合うプロセスそのものを授業として開くための演出です。学生は、教員がすでに知っていることを学ぶだけでなく、教員が知らないことをどう学ぶのかを見ながら学びます。
またアルスノーヴァには、大学の外からも色々な実践者が参加します。アーティスト、音楽家、パフォーマー、エンジニア、編集者、プログラマー、ドラマトゥルクなど、多様な術の担い手が教育と制作に協働者として加わり、授業と並行して運営されるパブリッシング部門を通じて成果を公開していきます(注3)。
東京大学にアートスクールができます——この一文に驚く人もいるかもしれません。なぜ総合大学が「アート」教育に手を伸ばそうとするのでしょうか。それは、私たちが生きる社会の息苦しさに変化をもたらすために必要となるのが、与えられた問題を既存の枠組み内で場当たり的に「解決」することではなく、問題がどのような前提のもとで成立してきたのかを問い直し、ともに立て直し、いままでなかった活動の回路を実際に作り出していく仕組みだと考えるからです。
そして「アート」こそは、すでに設定された土俵内のニーズや評価軸に応答するのではなく、そうした土俵そのものを組み替える志向に支えられた営みだからです。その射程は狭い意味での芸術に限らず、科学、工学、人文学、社会科学など、それぞれの専門分野(ディシプリン)で培われてきた思考や方法をいったん相対化し、ときに手放しながら、新たな問いに向けて再編成していくための手立てにもなります。
《アルスノーヴァ(Ars Nova)》は、そのような取り組みの場として、受講生、研究者、実践者、そして社会のさまざまな現場をつなぎながら、東京大学のなかに立ち上げられる新しい学びと実践のフォーラムです。
アートをアルスに解きほぐす
「アート(art)=芸術」とは、明示的な目的を持たない営為でありながら、その不確定性によって思考や感覚の新たな回路を開いてきた実践の総称です。《アルスノーヴァ》では、「ビジネスで使えるアート思考」のように「アート」という言葉があまりに広く使われ、あるいはあまりに軽く扱われるいま、それを根底に立ち戻って考え直すことで、そのポテンシャルを再定位することを試みます。
そのために「アート」を、「目的を達成するためのルールの体系」を意味する「アルス(ars)=術」というラテン語の語源にいったん差し戻します。身体を動かす術、音を奏でる術、物質と交信する術、記録する術、未来を感じとる術、他者と関係を結ぶ術——それぞれのアルスを丁寧に観察し、体得し、問い直していきます。そのようにして個別のアルスを深めていくことで、むしろ私たちは、アルスでありながら明確な目的を持たない「逆説的なアルス」としての「アート」の必要性に直面します。諸アルスの枠組みを内側から揺さぶりつつ、それらをつなぎ直す不確定な「蝶番」として、アートがあらためて浮かび上がるのです。
このようなアートは、ジャンルや業界の名で語られるものではなく、他(者)の経験を(追)体験する広義の営みとして思い描かれます。異なる感性を持つ他者への想像力と尊敬をその根底に持つため、差別や格差の問題に取り組み、経済合理性や成長至上主義を揺さぶる力を秘めています。
《アルスノーヴァ》はこうした理解に基づき、アートを解きほぐし、アルスへと差し戻し、もう一度つなぎ直すことで、「いまここ」を相対化し、短期のリターンに絡め取られない未来を共に作り出していくためのプログラムです。
東大のリソースを編みあわせる
《アルスノーヴァ》は、東京大学の持つポテンシャルを最大限に活用し、その内部に広がる多様なアルスの実践を有機的に結び直すことを目指します。工学/物理学のセンサー技術、農学/生物学の植物環境研究、情報学のメディア理論、表象文化論/美学の芸術研究など、学内の多領域にわたる知見を連携させながら、再構成するための回路がカリキュラムとして実装されていきます。
それぞれの授業は、同じ科目名の下に異なるアルスをもつ複数の教員が集い、共同で担当することで、その共創を通して教員自身も知らなかったアルスに触れ、学びを拡張する機会となります。受講生は教員がすでに知っていることを教わるだけではなく、教員自身が知らなかったことを学ぶ姿を学ぶことができます。こうして、専門性に閉じがちな営みを「アルス=術」という共通の足場に開くことで、多領域の受講生、研究者、実践者が互いの視野を交差させながらより立体的な研究と制作を展開することが可能になります。
また、学外からも美術家、音楽家、パフォーマー、技術者、編集者、プログラマー、ドラマトゥルクなど多様なアルスの実践者が参画し、「制作する」「問い直す」「共有する」という三つの運動を横断的に支えていきます。このような設計により、教える側と学ぶ側、実践と理論、大学内と大学外といった境界を越えて、アルスの総合的な再編集が行われていきます。
さらに、東京大学が海外に展開する国際オフィスや拠点を差し当たっての窓口としながら、グローバルな実践の循環と発信を視野に入れた活動を繰り広げていきます。加えて、プログラム内に独立性をもった「パブリッシング部門」を設け、カタログや書籍の刊行に加えて、展覧会、レコード、映像作品、イベントやシンポジウムの企画運営といった「広義のパブリケーション=公にすること」を担う場を確保します。この部門は、各授業とも有機的に連動しながら、《アルスノーヴァ》から生み出される多様な成果の発信と共有を推進します。